「いらっしゃ……?!」
今日もそろそろ店仕舞いでもしようかと考えていた矢先、来訪客に瞳を奪われてしまった。
「か…つら…?」
「夜分に失礼する。蕎麦を一つ頼もう。」
こちらの怪訝そうに見つめる視線などお構いなしに男は云う。当たり前のように注文をするその態度は極々自然で変に笑えてくる。
「あんたねぇ、今を昼間と勘違いしてるんじゃないよ。もう店を閉める時間なんだから。まったく…」
愚痴りながらも幾松は再び前掛けを手に取る。
「すまぬな。」
それからしばらくネギを切る音と、カチャカチャという食器の音しか聞こえなくなった
沈黙を破るように桂が切り出す
「あれから、奴らは来なくなったか?」
「あぁ、あんたすごいねぇ。あれから一度も来てないよ」
「そうか良かった。」
それを聞いた桂が安心した表情をした
「わざわざそんなことのために来たのかい?律儀なやつだねぇ。」
そういいながら蕎麦を出した
「攘夷志士は義理堅いのだ。恩は必ず返す。。覚えておけ」
そういうと男はそれからなにも言わずに蕎麦を食べ勘定をカウンターにおいた
「幾松殿の蕎麦はうまかったぞ。」
そういって男は帰ろうとした。
きっと今、何も言わずにいたら、私に迷惑がかかると思いきっと彼はもう来ないだろう。
「あんまり来れないと思うけど、季節の変わり目には顔見せておくれ。蕎麦、メニューに置いとくからさ」
そういって笑うと
きょとんとした顔で見ていた桂がなにか言おうとして口を開きかけたが言いかけた言葉をつぐんで
「また、来る」
そういって出て行った。